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賄所は隊部屋の渡り廊下から裏手に渡ったところにある。膳を下げたところという言い訳は永倉にはばれているだろうと思いながらも、悪びれることなく幹部棟に向かう。
副長室の前に片膝をついた。
「副長、沖田です」
「……入れ」
するっと障子を開いて部屋に入った沖田は文机に向かっている土方の背後に座る。
振り返りもしない土方の背中を見ながら、沖田は膝の上に手を置いた。
「今夜の巡察がもうすぐ出ますね」
「……そうか」
筆を持っていた土方の手が一瞬止まって、また墨を付け直して筆を走らせる。
今日の捕り物の報告を待っている間に、監察方から上がってきた調べと突合せしているらしい。
土方の目がこちらを向いていないのは重々承知だが沖田は笑顔を浮かべた。
「今夜は、僕は非番なのでちょっと出てこようと思います」
今度は筆をおいた土方が後ろを振り返る。
格子縞の着物に無地の羽織を着た沖田の様子は、彼がもう出る気だわかる。
「何かあるのか?」
「いやぁ。だって、今日の捕り物は思いのほか派手になったじゃないですか」
派手な捕り物をした後は、思惑のある者たちも目を付けられないように動きを潜めるところだが、それを逆手にとる可能性もある。少人数であれば、隊が手薄になったと見て動く者たちも居るかもしれない。
それをさらりと口にした沖田の勘は、それなりに信憑性があるように土方にも思えた。
これまでもそうした動きがなかったわけではない。
「誰か連れて行け」
「いいえ。一人のほうが身軽ですし、目に付きにくいですから」
にこりと笑った沖田の様子をみて文机に肘をつく。
「お前に面倒を言っても無駄か」
「そうですね」
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