80人が本棚に入れています
本棚に追加
ただ、新しい女将がどこから来たのか、詳しいことは店の者もあまりよく知らないようで、誰の問いにもさぁ、と言うばかりだ。わかるのは、その言葉遣いからして京の者ではないことと、薫という娘が通いで店に姿を見せることくらいである。
「だいぶ馴染みましたね」
この店にも、その姿にも。
汁を口にしても、飯を口にしても、綺麗な箸使いの親子はどちらからともなく頷きあった。薫のほうはあっという間に飯を平らげてしまい、その体のどこに入るのかと思うが、二膳目を口にしている。
「だからといって」
ゆったりと言葉を切ったお藤の目には、小手先の言い訳など通じないことはわかっている。薫は茶碗を置いて手を開いて見せた。
女にしては大きくそれでも繊細に見える手だが、よくよく見ると所々皮膚が硬くなっている。
「腕は落ちていませんよ」
「もちろんです」
そうでなければいけない。
お藤の言わんとすることは十分にわかっている。薫もお藤もそれ以上、余計な語らいは不要だった。
空になった膳を下げるのは薫である。
二つの膳を重ねて台所に運ぶ間に女中達とすれ違うが、皆親しげに薫に挨拶してきた。唐突に現れたはずのお藤と薫の親子を訝しげに思ってもおかしくないところだが、皆すっかり二人を受け入れている。
もとよりの知り合いだったのか、詳しいところはよくわからないが、にこにこと笑みを浮かべる十兵衛が連れてきた、美しいお藤と薫のことを今は皆が受け入れている。
「薫はん。お部屋のお花、頼まれてくれまっしゃろか」
「はぁい」
昼の客を入れるために、座敷を整えていた女中に声をかけられて、薫は鋏を手によく磨きこまれた床を表口のほうへと向かう。
鞠屋は表口から入ると、まず奥へと向かう廊下がある。その間に小部屋が並び、一間は女将のお藤が采配を振るう部屋で、その隣の二畳ほどの部屋は、刀部屋だ。
最初のコメントを投稿しよう!