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夜盗の類と間違われたのかと思ったが、沖田だと知ったうえで斬りつけてきたなら手加減は無用だ。
「もう一人は逃げちゃいましたかね」
沖田の軽口に応える事もなく、刀を構えた音に続いて空を斬る音に右足を軸にして沖田は身を翻した。
慣れた目にはいくら暗闇でも相手の動きは十分にわかる。
そこに雲が切れた。
相手が振り下ろした刀を再び構えようと引きかけた腕の筋を、真横に振るった刀が斬り裂いた。
黒い影だった相手の姿が月明かりに照らされて沖田の目に映る。
前のめりに倒れかけた男の肩を柄で打った沖田は、倒れこんだ男の様子を見てもう一度軽く刀を振るった。
「ぎゃぁっ!」
右足の筋を斬った沖田は懐から懐紙を取り出して刀を拭った。
汚れた懐紙をその場に放ると、男の手から刀を取り上げる。腰から鞘を引き抜くと刀を納めてから下げ緒をはずした。
後手にはずした下げ緒で縛り上げると、離れた場所に刀を放り出す。
少し離れたところに感じていた気配が地面を蹴る音に変わる。その音を耳にした沖田は走り出した。田んぼや畑を抜けて竹林のほうへと走る音に、追っても無駄かな、とも思う。
多少の距離があって、しかも走り出したのも相手からは遅れを取っている。
追うだけ追ってはみたものの、道祖神が見えたあたりで沖田は走るのを止めた。
くくっと口角があがり、暗闇の中でその目だけが光る。
辺りの気配を探った後、沖田は踵を返した。
戻りがてら、途中で番所に立ち寄って、放ってきた男を屯所まで運んでくれるように頼むと、何事もなかったように笑みを浮かべて歩き出す。
歩く道を変えて、武家屋敷と寺が立ち並ぶ辺りを抜ければ鞠屋のある辺りである。
暖簾はまだ下がっているが店先の灯りはすでに落とされていて、足を止めた沖田はさして広くない店をじっと眺めた。
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