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「あの!自分で歩きますから!下ろしてください!」
「駄目です。君は身軽ですばしこいようだから、すぐに逃げようとするでしょう?いちいち捕まえるのも面倒ですからね」
そういわれてしまうと、ゆら、ゆらと肩の上に乗せられたままで黙り込む。しばらくして、沖田の頭の後ろから小さな答えが返ってくる。
「……逃げませんよ。どうせ、ばれるだろうなと思っていたし」
「そうですねぇ。覚悟がなければ、半年も京の町に潜んでいたのにこんな簡単に姿出さないでしょうね」
それはそうだ。
ここ数日の出来事だけではなくて、もうずっと前の京に上るよりも前から胸のうちで燻り続けていたことだ。お藤の言葉に従ってきたのは母の考えと生き方を尊敬していたからだが、それでいいのかと思っていた。
抵抗せずに揺られていた薫は、沖田の肩に片腕を乗せた。
「お願いします。下ろしてください。自分で歩きます」
「どうかなぁ」
逃げる気でしょ、と続けた沖田が薫の体を担ぎ直す。
その腕から体をひねって、横向きに転がったと思った。ひやりと沖田が腕を伸ばしたよりも早く、猫のように身軽に丸くなった薫は、綺麗に地面に降りた。
着物を軽く払って着崩れを調えると、袴に手を当てて頭を下げる。
「失礼しました」
思いがけない薫の仕草に沖田から笑っている気配が消えた。
黙って顎を引いた沖田と共に暗闇の中を気配だけで進む。薫を同道させているからか、沖田はまっすぐに八木家に向かうと薫に待っているように言いつけて、中へと入っていく。
いくらもたたずに戻ってきた沖田は、火の入った提灯を手にしていた。
「待たせましたね。行きましょう」
「はい」
素直に頷いた薫をつれて、屯所に向かって歩き出すのかと思っていたら沖田は再びまっすぐに歩き出す。
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