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夕方からずっと、沖田の後をつけていた薫は、沖田が人を探して市中を歩き回っていたのだと思っていた。昨夜の片割れを探しているとあたりをつけていたから、先ほどの始末であとは屯所に戻るだけだと思い込んでいた。
これから屯所に連れて行かれて、あれこれと問いただされる。
何をどう答えるべきかと、それだけで頭が一杯で。
薫はまだまだ未熟な子供に過ぎなかった。
「……あの」
見慣れた通りに近づけば近づくほど、疑問が膨らんで、薫がようやく口を開いたのは自分の家の目の前で沖田が足を止めたからだ。
「どういうことですか?」
「あなたのお家でしょう?それとも、お母上のいる鞠屋のほうがよかったですか?」
「いえ、それは……!でも」
どうして屯所に行かないのか、どうして薫の家なのか。
頭がついていかない薫に、提灯の火を消した沖田は、苦笑いを浮かべたようだ。近くの家の明かりで薄っすらとその横顔が暗闇の中に浮かぶ。
「屯所に行くよりも、話を聞くならあなたの家の方がいい気がして。異論がなければ上がらせてもらっても?」
沖田なりに、何か考えがあるのだろう。その配慮は薫にとってありがたかった。
「は……い。あ!あの、酒はないんですが」
「ははっ」
今度こそ腹の底から沖田が笑い声を上げた。
「面白いなぁ。何を聞かれるかもわからないのに、酒の心配ですか」
「すみません。でも、あ、ひとまずお入りください」
引き戸を開けて先に中へと入る。
家の中は真っ暗だがさすがに自分の家で迷うことはない。部屋に入って、行灯に灯りをいれたところで振り返ると、もうそこに沖田が立っていた。
「お待たせしました。どうぞ、お座りになってください」
「押しかけたのはこちらの方です。気にしなくてよいですよ」
「そんなわけにはいきません。今、お茶を淹れてきます」
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