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そんな薫をどうしたものか。
ふーっと大きく息を吐いた。
「京へ上ったわけは?」
「母が決めたことです。……僕に反対する理由はありませんでしたし。ただ、母がこの家や鞠屋をどうして決めたのか、手に入れられたのか、僕は知りません」
「あなたのお母上は、賢い方のようですね。何か考えがおありだったのでしょうけれど」
「そうかもしれません。ただ、私はそれをすべて知っているわけではないので……」
あれこれと聞いていくと、どうやら父親の名は出せない立場らしい。
武家の娘としての教養のすべてと、武家の子弟としての教育の両方を受けてきたという話を聞けば、よほどの訳ありということだ。
娘として見破れなかったのは、幼い頃から身についたものらしく、その立ち居振る舞いがあまりに自然だったからだ。
「どうして娘の姿を?」
「それは訳がありまして」
にこりと笑った薫はそれ以上、口を開こうとしない。訳とやらを口にするつもりがないことはわかったが、薫のような子供相手なら、口を割らせる方法などいくらでもある。
とはいえ、今の時点で薫が何かしたわけでもない。
「……困った人だなあ」
沖田は目の前の面白い少年にすっかり興味を持った。
「仕方ありません。あなたのような子供が何かできるわけでもないでしょうから、今は目を瞑ることにします。ただし、不用意に歩き回らないこと。どこでどんな者たちと関わり合いになるかわかりませんからね」
少し強めに釘を刺すことは必要だ、と圧をかける。
薫には、そこそこといったが、年の頃を考えればその腕は下手な浪士より腕が立つかもしれない。その腕を狙って、いつどんな者に取り込まれるかもしれないということでもある。
少しでも関わり合いになった少年が、危険な道に足を踏み入れるような姿は見たくない。
「もちろん、その姿であっても、娘の姿であってもですよ?」
ダメ押しをされて、目を見開いた薫の背筋が伸びた気がする。
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