第一段 鞠屋

4/12
前へ
/101ページ
次へ
店に上がる二本差しからは刀を預かる。その刀を納めておく部屋である。 その先の廊下を曲がると、客の上がる部屋だ。元々の設えもよい店ではあったが、廊下にも部屋にも、お藤が女将になってからさらに磨きがかかっている。 日差しを反射する床を滑る足袋が、最も手前の部屋から薫は足を踏み入れた。 障子を開け放って、畳を拭き清められた後の部屋は、心地よい。 白雲と名付けられたその部屋で床の間を前に風呂敷を広げる。用意されていた花をそこに広げて、置かれた花器とを見比べることはしない。水はすでに運ばれているから、鋏を手にした薫は、躊躇いもなく切り落としていく。 生けられた花は、葉の緑と、白い花が足元に流れるような配置で一息に手際よく整えられた。雅やかで床の間にかけられた掛け軸と共に、部屋の中を白雲の名のように爽やかにする。 始めたときと同じように手際よく風呂敷を仕舞い、次の部屋へと移る。 すべての部屋に花を生けた後、薫は女将の部屋の向かいへと足をむけた。 襖の先は客を通す座敷と変わらない広さで、この部屋だけは薫が自分で障子を開け放つ。 その向こうは客向きの庭ではなかったが、だからこそなのか、通りの様子がわかるようにできていた。 表と中を隔てる千本格子だが、ただの千本格子ではなく、ところどころに意匠が凝らされている。格子の隙間からも差し込む日差しを感じながら薫は、少しずつ賑わいを増す通りの気配を感じた。 息を整えて部屋の中を振り返ると、袖を押さえて畳を踏む。 押入れを開けると、文机と座布団が重ねてしまわれてあった。華奢な印象さえある姿に似つかわしくないほど軽々と文机を運ぶ。 畳の目に沿って薫が文机を並べ終えると、いくらもたたないうちに庭先から娘達が姿を見せた。 「おはようさん。薫はん、女将はんはまだやろ」 草履を脱いで、部屋にあがる姿は皆、幼い子供にしか見えないが、形は町の者達とは違う。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

80人が本棚に入れています
本棚に追加