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沖田にとって、一番隊組長の看板は伊達ではない。
ここまで来るには、近藤や土方たちのような、武士としての道を示してくれる者達がいてくれたからだ。
だからこその言葉を、年若い薫はその若さ故に少しの苦笑いと共に受け止めた。
「沖田先生は、お優しい方なんですね。僕に興味を持ってくださって、そのような助言までいただけると思っておりませんでした」
もっと、問い詰められたり、色々あるのかと思っていただけに、薫も正直なところ嬉しかった。もちろん、その裏では監察が動いていて、その報告が上がっているからだとは知らない。
人の機微には敏い薫ではあったが、言葉の裏や、先をあれこれ思えるほどでもないからこそ、その夜は穏やかに流れた。
* * *
薫が新選組のことで知っていることといえば、それほど多くもなければ少なくもない。
お藤と薫が京に上ったのが、新選組に隊員の増強が入った頃である。それからの出来事では、世間の耳目を集めた出来事は知っているが世の中の噂以上のことは知らない。
お藤の商う鞠屋の場所からいうと、どちらかといえば客は武家の中でも穏健な一派が多いのもあって、新選組のような荒事を前面に出した者達との係わり合いがほとんどなかった。
沖田が家に来てから数日、お藤や沖田にいわれた通り、薫は家に引きこもって暮らしていた。
「そろそろ、売りに来るだけじゃ困るなぁ……」
いい加減、どうしたものかと思い始めていた。
お藤は、店に来るな、しばらくは家からも出るなと言っていたが、そろそろその理由を聞きたいと思う。
その上、何が困るといって、家々を訪ねてくる物売りから細々と買い入れていたが、それでは食べるものも限られてくる。元々、口が肥えている薫のことだ。
決まりきった物だけではそろそろ飽きが来ていた。
そんなある日、朝から前触れもなく、からからと玄関の引き戸が開いた。
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