一、虎が雨(とらがあめ)

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「へえ、お隣って息子夫婦に引き取られて空家になっていた場所ですよね。貸家にしてたような」 おはぎを作るのが上手なお婆さんが一人で住んでいたけれど、腰を悪くして引き取られていった。書道教室の子供たちにおはぎをくれる良いお婆さんだったのに残念だ。 あのお婆さんの家は、一人暮らしでも快適なようにと新しくしたばかりで綺麗だったはず。いいなあ。 「雨が来そうだからバタバタと家具を入れてましたね。落ちついたら挨拶に見えますかねえ」 橋本さんも首をひねっている。 毎週あってた町内会さえ半年に一回になり、近所付き合いが薄くなった昨今、このボロ屋敷に挨拶に来たい人がいるのか怪しい。 「さて。私はそろそろお暇いたします」 「橋本さん、今日もありがとうございました」 深々とお辞儀すると、お煎餅を食べていた子供たちも橋本さんへお辞儀する。 俺は呼び捨てだしタメ口なのに、橋本さんには子供たちは礼儀正しい。 上品で迫力ある橋本さんは、校長先生並みに怖いらしい。
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