勝てなくて、いい

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 描かずにはいられない。アイツといると、指がむずむずとして筆を握りたくて仕様がなくなる。  横顔を見て、真正面から見て、指先を見下ろして、肩を組んで。  一つ一つの動作の隙間、油断すれば感嘆の吐息が漏れそうで、無意識に筆を探していることもある。  描きたくて、描きたくて。  自分ではどうにもできない衝動が脳を痺れさせ、誰にも描ききることなんて出来ない美しさが溢れている。  人は、あまりにも感情を揺らすものに出会ったとき、涙をこぼすと言う。  俺はアイツと一緒にいるときが正にその状態で、たび、たび、俺は目頭が熱くなるのを感じる。  自宅に帰って、個人部屋でアイツの線を白いキャンバスやスケッチブックに引いているときでさえ、アイツを思い出しては感極まって泣いてしまう。  涙が止まらなくてしゃくりを上げながら、アイツの線を何度も書きなぞった。そのたびに納得できず、未だアイツを描ききったのは桜並木の夜と月明かりの夜だけ。  二枚だけ、アイツの線へと色を乗せた。  まるで唇に紅を引くように、頬に紅を散らすように。  感じたことのない震えに怯えつつ、筆先で線を彩ったのだ。いまだ、昨日のことのように思い出せる。  アイツは自分の容姿に無頓着だけれど、俺は何度だって思っている。毎日、まいにち。思う。  アイツの美には、きっと、勝てない。  勝てなくても、いいけど。  その代わり、俺はいつまでもアイツを描くのだろう。アイツは唯一の気を許せる俺には甘いから、きっと俺が満足するまで付き合ってくれる。  勝てなければ、そのまま。  俺は一生、アイツの美に魅了され続けるだけだ。
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