第8章 恋のライバル

27/29
前へ
/274ページ
次へ
 ――トン  たった一本の指で押し倒された。  頭の隅っこで思う。(何度目だ?)  慣れたシチュにもう驚く気力もない。 「こうやって、わらわに押し倒されても振りほどけない」 「てめえが神様だからだ」  苦しい言い訳をする。 「小太郎が狙ったのはあのオナゴじゃないわ。これが佑が聞きたかった答えよ。  どうせ彼女は自分の行いの罰により(はな)っから、恋愛の神のご加護は受けられないのじゃ。だからわざわざあのオナゴに鉛の矢を打つつもりはなかった」  クピトは悪魔のように微笑み、赤い唇を同じく赤い舌で舐めた。 「じゃあ、やっぱり咲彩を?」 「……」  だんまりを決め込むクピトを睨みつけた。 「汚え手を使うんじゃねえよ」 「よく言う。おぬしらもその汚い手でカップルになっただけじゃない。ただ無効にして再構築しようと試みたまでじゃ」  その妖しい眼を覗いた俺は、心底震えが来た。――ホンモノの金の矢に侵された恋の執念は怖い。 「それでも結果オーライでしょ。矢は逸れて吉田ジュリアとやらに当たったじゃない? 彼女もこれで旧い恋に煩わされることなく再出発できるであろう。  恋のリセットは、心に住み着いた相手の亡霊を葬ることから始まるのじゃ」  言い終えると、俺に濃厚な口付けを落としてきた。  んで、俺は俺で、それを抗うこともできずに受け止めてしまったのだった。
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加