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10個入りのレモンケーキを買った日は、母さんが1個、俺が1個。
だけど母さんは、必ず自分のケーキをナイフで分けて半分くれる。
夏は冷たい牛乳、冬は暖めた牛乳と一緒に食べたっけ。
カステラを牛乳に浸すと、また格別に美味しいんだよな。行儀悪いと怒られたけど結局、「おうちだけよ? よそではやらない事」って許してもらったなぁ。
とにかく、自分のドジ話でスイーツ男子の面目は保たれた。ホッとして俺は、ハルカが入れてくれた紅茶をすする。
「うん……なんだ? 甘い香りがするけど、さっぱりしてる紅茶だな」
「カモミールティーだよ。わたし、レモンケーキにはこれって決めてるんだ。嫌いな味なら、残してね」
「レモンケーキには断然牛乳だけど、これも悪くないな。うん、好きかも」
「そっ、そう?」
気のせいか、ハルカの笑顔は少し照れているように見えた。
可愛い……く見えたのも、たぶん気のせいだ。
レモンケーキをかじり、紅茶をもう一口飲んで、二つの香りが混じり合ったとき。
香りに呼び覚まされて、遠い記憶がよみがえった。
このハーブティの香りは、あの店の香りだ。
あのとき店のショーケースにはレモンケーキが一つしか無くて、足りない分のお金を取りに行ったら売れ切れそうで、だけどいつも半分くれる母さんにどうしても1個まるごとケーキを食べてもらいたくて、どうしようと思ったら涙が出てきちゃって……。
そしたら、カウンターの向こうから小さな声がしたんだ。
「あの子に……売ってあげて」
思い出した。
そしてこの、クリームの舌触り。
早くなる鼓動を意識しながら、俺はハルカの顔を見た。
ハルカは俺の様子に気がついて、不思議そうな顔をする。
「あ、あのさハルカ……。おまえ小さいとき、どこに住んでた?」
カウンターに隠れて、よく見えなかったけど、あの小さな女の子は……。
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