3人が本棚に入れています
本棚に追加
美術室の窓からは、校庭フェンス沿いに植えられた数本の桜が見える。既に花は影も形もなくて、風に揺れる若々しい新緑が眼に眩しい。
授業が半日で終わる土曜日の午後、高校球児達は今日も大声出して走り回っている。声出しながら走ると肺活量が鍛えられるっていうけど、本当に効果あるのかねぇ?
「おっ、赤ジャージは1年生だな。いいなぁ野球部は新入部員が多くてさ、女マネも1,2……5人かぁ」
俺の独り言に、少し離れた窓際で水彩画を仕上げていたハルカが手を止め不愉快そうな顔を向けた。
並んで立つと、俺の胸より少し下に長い髪を纏め上げた団子が来るくらいチビだから、制服の白シャツと紺のボックスプリーツスカートに医者が着ているような白衣姿は腹を見せたペンギンそっくりだ。
「ちょっと! わかってんの? 今年新入部員が入らなかったら、美術部員は私とコウキの2年生2人だけなんだから! 真面目に勧誘ポスター描いて!」
「へいへい。でもさぁハルハルの勧誘ポスター、桜を描いてるけど時期的に遅くね? そもそも、入学式前に仕上がるはずだったよね?」
「うっぐっ……むーっ!」
桜に囲まれた美少女の絵を前にハルカは腕組みをして唸った……が、突然両手を大きく広げる。
「よ、よし休憩だっ!」
ハルカは自分に都合が悪くなっても言い訳しない、逆ギレしない。部員は俺たちだけだけど、男友達と一緒にいるようで楽だ。
おまけに、もう一つ役得がある。
「やたっ! で、今日の差し入れは何かな?」
「私が、この世で一番愛するお菓子。レモンケーキを、そなたに進ぜよう!」
その役得とは、ハルカが趣味で作る洋菓子を食べられること。
「うっわ、レモンケーキか、懐かしいな!」
レモンケーキ、俺が小学校低学年の頃に大好きだった洋菓子だ。
母さんが自転車で通う少し遠い商店街の洋菓子屋さんで、ショートケーキより安いからオヤツによく買ってくれた。
レモンの形をした、さっくりと口溶けの良いカステラが、レモンの香りのする甘酸っぱい黄色いチョコでコーティングされていて、一口食べると酸味と甘みが絶妙に溶け合い……。
「きもっ、なにそのニヤケ顔? そんなにレモンケーキ好きだった?」
ハルカは眉を寄せながら白衣を脱ぎ、通学用リュックから水筒と紙袋を出した。
最初のコメントを投稿しよう!