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「そりゃ、もう。子供の頃、大好きで毎日食べたかったけど、贅沢だからって母さんは月に数回しか買ってくれなくてさ。でも買うときは10個入りの箱買いで、家にレモンケーキがあるときは学校から帰るのが楽しみだった」
「ふぅん」
興味なさそうな顔で聞きながら、ハルカは水筒から紙コップに紅茶を入れる。
「いつも買ってた洋菓子屋さん店閉めて、どこ行っちゃったのかな……」
昭和の香り漂う長屋型の古い商店街は、近くに出来た大型のショッピングセンターに客を奪われシャッター街になった。テナントで入っていた洋菓子屋も、いつの間にか閉店していた。
俺はレモンケーキを包むレトロデザインの黄色い包み紙を注意深くはがした。乱暴に剥がすと、コーティングのチョコクリームが取れてしまって実に残念なことになるからな。
ああ、あの懐かしいレモンの香りが鼻の奥に広がる。
いかん、生唾が……。
大きく、かぶりつきたい気持ちと、もったいないから小さく囓りたい気持ちに心が揺らぐ。
レモンケーキのチョコクリームは高級感ある滑らかな食感のものより、少しザラッとした舌触りがあるのが好きだ。舐めたい……最初に舐めて確かめたい……。
ふと視線を感じ顔を上げると、ハルカと目が合った。レモンケーキ一つで、みっともないほどテンションが上がった自分が恥ずかしくなって、一気に顔が熱くなった。
なんとか誤魔化さなくては。
「そっ、そういえばさ、俺の母さんもレモンケーキが好きなのに自分は1個だけ食べて残りはみんな俺にくれたんだ。だから母の日に買ってあげようと思って、100円握りしめ店に行ったんだけどさぁ……定価表だと1個100円なのに消費税が別だったんだよ。お金が足りなくて泣きそうになってたら、お店のお姉さんが可哀想に思ったらしくて消費税まけてくれたんだよね。嬉しくて、今でも忘れられないよ」
「あー、あるある。わかる!」
ハルカがケラケラ笑った。
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