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踊るように回っていた足はいつしか止まっていて、エメラルドグリーンのつま先が綺麗に僕の方にぴたりと揃っていた。
「加代(カヨ)叔母さんの知り合いのお方ですか?」
彼女はカロ姉の本名を呼んだ。彼女そっくりの口で、声で。ぼうっと聞き入っていたら、彼女の眉が困った様に下がった。
「あの……?」
「ッああ。昔この隣に住んでいた者です。すみません、いきなりお声がけしてしまって」
庭先に金木犀が咲いている家の隣の更地を僕は指さした。夜のひやりとした空気の中で乾いた指先が少し震えた。
「20年前、ここに住んでいたんですよ。もう影も形もありませんが。祖母が亡くなった時に取り壊しまして、ちょうどカロ姉の家と同じような木造の」
「お婆さま、亡くなられたんですか」
「え? ええ。でも87だったので、大往生ですよ。今は父母と一緒に別の街に住んでいるんです。今日は仕事でたまたまこっちに来ていたので懐かしくなって」
なんだか言い訳がましいような気がしたが、全て本当のことだ。
仕事の新しい取引先の工場が偶然にも僕の生まれ故郷だった。だからなんとなく寄ってみた。
この週末金曜日に、いつもと違うセンチメンタルな夜を過ごしてみたくなっただけなのだ。
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