嵐の前

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「まあ、そんな心配はしていないが。なにせメアリーの好みのタイプは、俺みたいな力強い男だからな」  アンダーウッドはそう言って大声で笑ったため、彼はその隣でため息を吐くメアリーには気がつかなかった。  その夜はエンハンスの歓迎会も兼ねたささやかな晩餐会が開かれる事となった。アンダーウッドはこの日、夜警の仕事があると言うことで、その晩餐会は短時間で終わったが、それでも、エンハンスがアンダーウッド家に好意的に迎えられたと十分に思える時間となった。  晩餐会も終わり、エンハンスは彼にあてがわれた部屋へと向かう。彼の部屋は二階に有り、それほど広いという訳でも無かったが、それでも以前、学生を下宿させていた折は、二人が寝泊まりをしていた事もあるその部屋は、成人男性一人が寝起きするには十分な広さを持っていた。  エンハンスは窓を開けると、外の景色を眺めてみる。  近代的とは言いがたい石畳の道、その上を一頭の馬が、幌を引いて通り過ぎる、がたがたという音が響く。周囲に視線を巡らせればレンガ造りの家々、彼方には工場の煙突から立ち上る煙。その煙は容赦なく空を覆い、この街全体にどんよりとした気配を漂わせていた。少し遠くの丘にはこの地方を収める領主の城が、月明かりの下でもはっきりと見てとれる。しかし、それよりも威厳に溢れ、豪華絢爛なる建物が、エンハンスの視線を捕らえて放さなかった。
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