嵐の前

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「ホーネストさんは、ササックスから来られたのでしたよね?」  わずかなためらいの後、意を決したようにメアリーが問いかける。エンハンスは窓の外を眺めながら、 「ええ。実家はそこで、小さな養蜂業を営んでいました。私の両親と兄だけで切り盛りする、本当に小さな養蜂場ですが、なんだかもう懐かしいとさえ感じますよ」と応える。 「ホーネストさん、ホーネストさんは、この町をどう思いますか?」  声の調子に、どこかただ事ではない気配を感じ取ったエンハンスが、外を眺めることを止め、メアリーに顔を向ける。 「どう、というと?」 「私はこの町で生まれ育ちました。町の外にもほとんど行ったことがありません。だから、どこがとは言えないのですが、それでもこの町は何かおかしいような、そんな気がするのです」 「おかしいですか」  エンハンスはそれだけを言うと、視線を再び窓の外へと向けた。 「ホーネストさんは、ササックスから来られたと言うことですから、私よりは外のことに詳しいと思います。そのあなたの目から見て、この町はどう思われますか?」 「ササックスはとても田舎で、この町とは大きく違います。二百年前、あなたの嫌いなアンロック・サーチャーが活躍した時代から、何も変わっていません。進化が止まっています。それは、全ての人材がこの町、リンドンに集まり、そしてこの町でほぼ全ての物事が完結しているからだと、私は思います」
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