嵐の前

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 メアリーがエンハンスにそう伝えると、エンハンスは声を殺して笑い、 「いや、失敬。それは確かにあなたの仰有る通りです。それに、突然こんな話をされても、混乱しますね。今はこの辺りで止めておきましょう」  エンハンスは、メアリーの理解が追いついていない様子に気がつき、その様に言って話を締め切った。 「いえ、でも、ありがとうございます」  メアリーはまだ混乱していながらも、そう言って頭を下げる。 「メアリーさん、あなたが疑問を持っているとしたら、この町にでは無く、この国にです。そして、あなたがこの国に疑問を持ってくれている、その事が分かっただけでも、私にとっては大きな収穫です」  エンハンスの言っている意味が分からず、メアリーは少し首をかしげる。その様子に、エンハンスは、ははは、と声を挙げて笑い、 「さらに混乱させたようで、すみません。今日はもう遅い、そろそろ休みましょう。お気に入りの場所を教えていただき、ありがとうございました」そう言って一人、屋根裏部屋を出て行く。  後に残されたメアリーは、エンハンスが何者なのか、何が目的でこの町に来たのか、そして何より、どうして一部の階級しか知らないと彼自身が語った周辺諸国との交易について、当の彼自身が知っているのか、そう言った、彼が語った言葉により生まれた疑問に頭の中を支配されていた。  海外では電気を使って様々な活動を行っている、というのは本当だろうか? もしかして、物を知らない馬鹿な娘をただからかっただけなのではないか? メアリーは、そう考えたとき、頭の中に雷鳴が響いたような気がして、身を震わせる。メアリー本人にも理解できない恐怖がその身を貫いていた。
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