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(雨は……嫌いだ)
山吹色の髪から流れ落ちる小さな滴を、ジオーヌは横目で睨みながら思う。
浄化の雨、恵みの雨……などと良いイメージを持たれがちな雨だが、彼にとっては違った。
雨は嫌な記憶を彼に思い出せさせるもの……最も忌まわしく疎ましい存在でしか無い。
(ほら、やっぱり今日も雨。だから、嫌いなんだ……雨は)
雨脚は徐々に強くなっていく。
集まった野次馬達は何とか濡れまいとてんやわんや、大斧を携えた執行人もチッと舌打ちをした。
「くそっ……ついてねえな。俺が仕事をする日は、大概雨だぜ」
「ふっ……」
執行人の言葉を聞いたジオーヌが小さく笑みを漏らす。
雨を忌々しく感じているのは自分だけじゃないんだ、と。
少し嬉しく……少し哀れに感じたのだ。
「……何を笑っている?」
ジオーヌの笑い声に気付いた執行人が、低い声で彼に尋ねる。
別に、とジオーヌは短く答えた。
「まあいい。俺には関係の無いことだ。それよりも……何か言い残す言葉はあるか?」
執行人に問われ、うーんと考えるジオーヌ。
両手は後ろ手に縛られ、冷えた地面に跪かされ、顎は硬い石台の上に載せられたという、魔王にはあるまじき屈辱的な姿。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、ジオーヌの心は解放感で満たされ、後悔の念や未練は全くと言っていいほど無かった。
だから、強いて言うならば何か……とジオーヌは自分自身に問いかける。
「……晴れたら良かったのに」
「はあっ?」
予想だにしなかった彼の答えに、執行人は一瞬呆気に取られたような顔をしたが
「ハンッ!馬鹿な男だ」
見下すような口調で言ったかと思うと、携えた大斧を大きく振りかぶる。
「嫌っ……やめて!嫌ああっ!」
ヒュッと空気を切る音と、女性の絶叫が重なって響き渡り……やがて、雨音に溶けて消えた。
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