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『吟遊魔王と勇者姫』
「うん……今日も紅茶が美味しい」
陽射しが暖かい穏やかな昼下がり。
魔王は一人、ティータイムを楽しんでいた。
魔王の名はルア・ドナート。
両肩に垂らした背中の半分まである長い山吹色の髪に、切れ長の藍色の瞳。
伯爵風の白い服に黒いコートを羽織っている。
実年齢は彼自身もよくわかっていない。
だからといって、年齢を忘れるほど何万年という長い時を生きてきたというわけではなく、この城の魔王に就任したのも魔族の歴史から見れば、ごく最近という異例の経歴の持ち主だった。
「ふふっ……今日も平和で何よりだ」
魔王に似つかわしくない言葉を発しながら、ルアがアールグレイの芳醇なバラの香りを目一杯堪能していたその時だ。
「ま、魔王様!一大事です!」
彼の部下のジャルダムが、血相を変えて部屋に駆け込んで来たのは。
「……何かな?無粋だね、ジャルダム。俺は今、ようやく公務を終えて、一息ついていたところなんだけど?」
「いえ、リラックスタイムにお邪魔をして、非常に申し訳無いとは思っていますが……。時は一刻を争いますので!」
「ふうん……?それなら、聞こうか」
ルアは紅茶をテーブルに置き、ジャルダムの話に耳を傾ける。
ジャルダムは、黒い触覚に黒い三角の尻尾、コウモリのような黒い翼に鋭い二本の牙を持つ、正に絵に描いたような正統派悪魔だ。
背は五歳児の平均ほどだが、年齢はルアより遥かに上で、裕に五世紀以上は生きているという。
人間よりも長い時を生き、様々な経験をしてきたはずの彼が、今までに見たことの無いほど慌てている。
これは余程のことがあったに違いないとルアは推測したのだが。
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