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年越し迫る寒いその日、社長室に呼び出しをくらった。
俺の勤める出版社は姉の夫、義兄が取締役を務める芸術誌を主に扱う会社だ。
「やあ、恭一君、忙しいのに済まないね」
おっとりとした物腰の柔かな白髪混じりの義兄が、にこやかに迎えてくれる。
「いいえ、それほどでも有りませんよ」
こちらも笑顔で返すが、内心穏やかではない。
なにせ、この人が呼び出すという事の裏には必ず[姉]の影がちらつき、俺にとって[善い]事は無いのだ。
「ははは……まぁ、うん、実はね君に担当してもらいたい作家がいてね。うん、楓さんから直々の指名だから断らないでね」
ほら、この人は姉にベタ惚れだから姉には逆らわないしな。
差し出された書類に目を通した瞬間、俺の鼓動は大きく波打ち、喉元まで駆け昇った。
「宜しくね」
笑顔で告げてくる社長になんと応えて部屋を出たのか、どうやってその後を過ごしたのか今では全く思い出せない。
自宅に持ち帰った書類を再び読み返した時に脳裏を過ったのは
〈いつか……今更か。彼女は姉のお気に入りで[絵描き]なのだから〉
もう関係は無い。
そう思うようにして俺は彼女と18年振りの再会をする。
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