猿ごとき

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「勝家様! 大変でございます!」  普段は慌てるところなど見たこともない奴が慌てて飛び込んできた。 「何事だ?」 「はっ。信長公が……」  何やら言いよどんでいる。勝家は焦れた姿を隠さずに怒鳴る。 「信長公がどうした? 早う申せ!」 「信長公が、信長公がお討ち死に!」  勝家は一瞬、頭の中が真っ白になった。 「た、たわけっ! 言うていい冗談かっ!」  思い切りそいつの腹を蹴り上げる。  だが、ことを告げた近衆は腹を抑えながら、再び訴えた。 「ま、まことでございます!」  まさか、あの信長公が!? そんな事はあろうはずがない!  だが、万が一にも本当だとしたら……。 「だ、誰が!? 何時!?」 「明智光秀の謀反!五日前のこととか」 「ま、真なのか!?」  あの信長公が死ぬということがあるのか?    勝家は再び頭の中が真っ白になり何も考えられなくなった。 「と、殿! 我はどうすれば? ご指示を!」  声をかけられて、はっと我に返る。  どうすればと言われても急なことで勝家にも分からない。 「取り急ぎ、京に向かわねばならぬ!」 「ここはどうされまするか?」  時が経つにつれ、段々と冷静になっていく。 「このまま引いたら上杉が後ろを突くは明白か……。当然、上杉とて事は知っておろう」  結局、上杉の抑えに佐々成政や前田利家を置いておき、自らは上洛を目指した。  光秀め! 殿の仇は織田家筆頭の儂が取らねばならぬ! やはり新参者など信用出来ぬということよ!  信長の敵をとると意気込んで先を急いでいたが、また近衆の者が走り寄ってきた。 「殿! 明智光秀、羽柴秀吉様により討ち取られたそうです」 「!」  遅かったか! しかし猿は高松にいたはず。こんなに早く駆けつけられるものか? どのようなからくりだ?  昔から猿は殿に気に入られておった。百姓上がりのくせに、儂らが思いもよらぬ策を練る。いつしか、あのような者の周りには人が集まっておった。気に食わぬ奴よ!  勝家はそれでも筆頭家老の矜持から上洛を急いだ。後から次々と情報がもたらされる。秀吉の元へ織田家臣達が集っているという。  勝家は悟っていた。  己が認めなかろうが、奴には敵わぬことを。人たらしで上手く敵をも引き込む手練れは、誰も真似ができない。    後年、死ぬ間際に勝家は一言呟いた。 「ああ。猿には勝てぬかよ……」
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