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秋の観光シーズン泊まり勤務が続き結婚式の十一月十五日を目前にして退職の為、今まで使わなかった四五日の休暇願いが届けられたのは、結婚式二日前だった。
当日快晴の富士山の夢に目覚めた妙子は、六年間お世話なった京急東岡を後に横浜の式場に向かった。
三崎警察署次長、京急三崎営業所長。豪華な顔ぶれに三浦市長からの祝電、最高の感激を胸に輝かしい人生のス
タートをきった。私達は諸磯で、二軒長屋の借家に住んでいたが、ある時、新婚間もなく帰宅した夫は「今日お
客さんに声を掛けられたよ」「エッどうしたの?」「おまわりさん!いいですね、あのガイドさんの美声で毎晩寝
物語が聞けて!」とても嬉しそうだった。待望の第一子長男が誕生。長男の夜泣きに隣から「うるさい!」連日
怒鳴られていた。
夫は泣き虫長男をおんぶして、寒い夜更けの町を歩く子煩悩な父親だった。
突然警察署長が我が家を訪ねて来た。「奥さんもご存知の城ヶ島大橋完成で今観光客が殺到して城ヶ島に駐在所
が完成したのですが、希望者がなく困っているのです。奥さん是非お願いします」警察社会を知る妙子に白羽の
矢が向けられて刑事課勤務の夫と共に、城ヶ島大橋を渡るこの奇しき運命に大橋建設当時、その会社の慰安旅行
京急バス車内での隆との出会い。懐かしい思い出が容赦なく襲うのであった。
城ヶ島大橋を渡り、県営大駐車場傍「雨は降る、降る城ヶ島の磯に利休ねずみの雨が降る」北原白秋の碑がある
バス停白秋前に、新装した初代駐在所「事務所兼住居」所長に赴任したのは昭和三十七年三月一日大橋完成で一
躍観光の脚光を浴びた観光地城ヶ島の玄関口だった。周囲四キロの静かな漁村は観光客で溢れ、灯台近くの土産
店主「一日の売上金を数えるのが嫌になって、うっちゃりたくなるよ」という程の人気スポット。
三崎港は夜明け前から漁船がポンポンポンとエンジンの音を響かせ航行し、海岸に続く風光明媚な部屋の景観は
最高だが、夫は一日中交通整理に追われ、夜のパトロールが終って就寝まもなく、深夜二時でも三時でも「ドン
ドン!」事務所の灯りを目当てに容赦なくドアを叩く。海の家が無いので、「水を下さい」「トイレ貸して下さい」
「脱衣場貸して下さい」「お金を貸して下さい」
「御願いです。何か服を貸して下さい」と体から滴がしたたり落ちて、唇を震わせボインの胸を露にした珍入者
は、自殺未遂の中年女性だった。
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