第1章

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京急沿線恋物語 (伊勢さつき) 拝啓 今年も残すところ幾日もなく街の賑やかさも一段と活気を帯びて参りました。 先月我々旅行の際には一同お世話になりまことに有難うございました。 貴女の名案内と鈴木さんの名運転で退屈せず心配せずに愉快な一日を送ることが出来ました。ともすると我々職員と現場の人達との間には一つの断層があり一緒の旅行では何かと不快なことを起こしがちですのに和気藹々として心が一つに融け益すところ大いなるものがありました。 これも貴女のガイドとしての手腕と素直な人格からにじみ出た雰囲気が為したものと敬服しております。 貴女の勤務振りには貴方が私の一番下の妹と同年という年齢を超越させる生活力がひしひしと感じられました。 これを機縁に親しくして戴けたら幸いと存じます。 遅くなりましたが当日の記念写真お送り致します。実は直接お渡ししようと会社にお電話したのですが丁度貴女は東京方面に行かれてまだお帰りがないとのことでしたのでお渡しを断念し筆をとった次第です。これからは寒さも益々厳しくなることと存じます。お風邪などひかぬよう健康に充分留意されてお仕事にお励みになられるようお祈り致します。 又夜分お暇の折には「職場は年中無休」、ご連絡など戴ければ幸いです。[TEL三浦xxxx番]雑談などに時を過ごすのも一興ではないでしょうか。 それではごきげんよう。 昭和三二年十二月七日  丸山 隆 木村妙子様 追伸 書き残してしまいましたが運転手の鈴木さん、京浜観光の方にも宜しくお伝え下さい。 仕事が終わり、京急女子寮に帰った妙子は何時ものように舎監室前のテーブルに、自分宛のフアンレターを受けとるのが楽しみだった。 可愛い幼稚園や小学生、青年会、消防団、町内会、生産組合、老人会、自衛隊、船員、会社員等の団体旅行客からの嬉しい礼状の数々である。 その人の名前は一ヶ月前箱根へご案内した建設会社旅行の幹事さんからの手紙であった。 写真のお礼を兼ねて早速外の赤電話へ走った。 電話口の声は弾み、指定された三崎銀座の純喫茶スワンで青年は笑顔で迎えてくれた。 観光シーズンはオフに入り、その後夜のひと時を、教育論、文学論、政治経済、音楽スポーツに至る話題をユーモアと知性ある会話に、私はいつの間にかスワンで高度教育の授業を楽しく受けていたのであった。
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