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「妙子さん。笑わないで聞いて下さい!前にも話したと思うけど、私は旧家の長男で、生き方に色々制約のある家なんだ、親兄弟も私の人生に干渉して一族郎党会う度にプレッシャーをかけられてね」
C大の法科に進んだのも、自分で選んだというより規定の路線が敷いてあり、それに乗っただけで本当は文学部に行きたかったと以前話していた事や、地元有名病院の院長叔父の話はよく聞かされていた。
一度だけ継母の事も語ってくれた。優しい実母は七歳の時亡くなり、父が再婚した継母に、屋敷内の大きな蔵に閉じ込められた事等、「この前から、言おう言おうと思っていたけど、私の結婚は家同士の繋がりで、親が選んだ人と結婚、そう決めてられているのだよ」その目は遠く水平線の方に向けられていた。
真剣な眼差しには、深い悲哀が混じっていた。
いくら家柄が旧家の出だからと言って!親が決める人生・本当に好きな人と一緒になるべきじゃないの?
葛藤に苦しむ隆を攻めようと思えば・・でも今の距離このバランスを失うのを恐れ動揺する心を静め笑顔で言った。
「そうだったの、ずっと悩んでいたのですね」「これはあんな家に生まれた者にしか解らないよ」今までの純愛、それは愛するが故に妙子の将来までも考えていてくれたのに気付き「私はこのままでいいの。隆さんとこうして会って、その日が来たら黙ってお別れするから・・」
本心は言うまいという強い気持の裏に悲しい女心が切なく唯俯いていた。隆はそっと手を差し延べてきて妙子の手を握った。
彼の温もりがそのまま心に染み入るようだった。後にも先にもそれが二人の肉体が一番接近した瞬間だった。そして最後までこの清い関係その距離を崩す事はなかった。
昭和三十二年着工夢の城ヶ島大橋は総工費七億、三崎の先端台地から城ヶ島へ水面から高さ二十一メートルの橋脚全長五百七十五メートルの大橋建設を請け負ったのは隆の勤務する会社であった。巨大城ヶ島大橋の完成を前に工事も最終段階になり、現地での任務を終え隆は本社に戻る辞令が下りた。
身分違いのバスガイドとエリート会社員との恋は最初から解っていながら、はかない恋はついに悲しい別離が訪れた。風光明媚三浦の地に二年の歳月を育んだ思い出を秘める最後のデートは、三崎白石の歌舞島、隆は何時もより早めて時間をつくってくれた。
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