プロローグ

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 リンダは微生物学のプロだが、日ごろ、フィットネスクラブで鍛え、休日には壁を登るボルダリングで汗を流しているスポーツウーマンだ。理科系女子のマーサでは相手にならない。  「痛い! 放して! こんちくしょう!」と、身もだえするマーサに、リンダは「メスを放しなさい! ほら!」と、メスを持った右手をひねった。  「あ! 痛たっ!」  思わずマーサはメスを床に落としてしまった。  加勢が来たので、ようやく落ち着きを取り戻したホリーは上司のデビッド・グラハムが腹に怪我をしているのを見て、「ああ! 大丈夫ですか? すぐ止血します! ちょっと待ってください!」  デビッドは「ああ、いいんだ。止血しなくていい、消毒も無用だ」と、ホリーが部屋の外へ出ていこうとするのを止めた。  「ええ? でも、おなかから血が出てますよ、止血しないと!」と、ホリー。  「心配しなくてもいい、これはマーサが言うように、謎の病原菌に対抗するための治療なんだ、下手に傷を治すと感染してしまう」  「はあ!」と、ホリーとリンダは顔を見合わせた。  どう見ても発狂した人間の凶行にしか見えなかったからだ。  だが――「それより、みんな騒いでるって? よし、わたしが行って、問題が片付いたと伝えよう、リンダ、マーサを放してやってくれ」と、研究チームのチーフ、デビッドの冷静な声がミーティングルームに響いたが、リンダは放さなかった。  なんだか唐突すぎて、デビッドの言葉には何の説得力も感じられない。  おまけに上司の足元の床にはズボンとパンツをずらされて、尻の肉を削ぎ落されたマイケル・フェンが転がっているのだ。  マイケルは叫んだ。  「逃げろ! ホリー! リンダ! 殺される!」  それを聞くと、デビッドの態度が豹変した。  顔を怒りで真っ赤にして、マイケルの腹を蹴り上げたのだ。  「黙ってろ! "son of a bitch"(くそ野郎)!」  だが、すぐにデビッドは冷静さを取り戻した。  「あ! すまんな、つい……。まったく頑固者で困ったもんだよ、今までマイケルを説得して治療を施していたんだが、理解できなかったようだ」  そう言いながら、彼は作り笑いを浮かべた。  マーサも同じように笑顔で、「あなたはわからず屋じゃないわよね」と、ホリーに微笑みかけた。
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