500円玉

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 私は京急線に揺られ、車窓から品川の太陽光が映えるビルディングを見つめていた。  今年で80歳になる私は、近所の人からいつも若々しいですねと言われていたが。今まで独身を貫いていた。理由は一人の別れてしまった相手を想うことだけが、人生で一番の心の拠り所だったからだ。  若さには興味がまったくなかった。  あの日に帰りたい。  それだけが、唯一の生きる意味だった。  田島さんはお子様はいらっしゃいませんか?  私は首を振り、子供は未来を生きるには必要ですが、私には今も未来があります。一人で暮らしているしがない公務員です。そんな私は、ささやかな昔の思い出たちが私には未来への糧です。  そうです。  私は昔に戻りたいのです。  人が疎らの電車の中で、声を掛けられた。 「あの。お隣いいですか?」  一人の老女だ。  顔にはまるで精工な陶器のような皺が作られ、美しい絵画からいきなり飛び出してきたかのような人であった。 「どうぞ。どうぞ」  老女は私の隣へと座ると、にっこり笑った。  その笑顔に私は年甲斐もなくたじろいだが、大切な過去へと追憶していった。  すると、不思議なことが起こった。  電車が走るたびに、老女が若返って来るのだ。  私は驚いて老女の顔を見つめると、老女は20代の美しい女性になっていた。短めの白髪は長い黒髪に変わり、服装は和服から白のワンピースに変わる。顔は何故だか懐かしい感じの顔だった。 「これは、一体」  私は青年のような声色で驚く。  私も若返っているようだ。  自分の両手を見ると皺の多い手が、青年のそれへと変わっていた。 「ここで、降りましょう。これ以上乗っていると、危険です」  老女だった美しい女性は、まるで健やかな風になびく麦畑のような優しい声を発した。  私は力強く立ち上がり、私たちは横浜駅で降りた。  ドン。  という音とともに、恐ろしい形相の鬼が一緒に降りて来た。  身長は190センチと巨大で、私より20センチ高く。赤い髪と赤い顔で男かそれとも女か解らなかった。  美しい女性は私の手を取ると、駆けだした。  電車のホームを全速力で走り抜ける。  しかし、鬼もかなりの脚力で追いかけてきた。 「さあ、急いで!!」  女性の悲鳴に似た声に私は思考を素早く巡らす。  横浜の中華街には拳法の達人がいるという噂を思い出した。  そこへ行こう。  鉛色の空には鳥がいない。
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