500円玉

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 太陽は遮られ、まるで洞穴のように外は薄暗かった。  私は美女と無人と化した駅を離れて、中華街を目指した。  鬼も追ってきた。  人のまったくいない中華街へなんとか辿り着くと、大通りで拳法の達人を探した。  北京ダックが数羽ぶら下がった店には、中華服の青年がキセルを咥えていた。煙がでていない。吸っているわけではなさそうだ。 「すいません! あなたが拳法の達人なら、私たちを守ってください!」  私は息が切れているために、乱雑な声音になっていた。  青年は頷いたが、私に手を差し出した。 「3枚」  私はすぐに。電車に乗るためにとくずしておいた500円玉と、趣味で集める500円玉が頭を過り、青年に3枚渡す。 「15分だけだぞ」  青年はそう言うと、駆けてきた鬼に戦いを挑んだ。  私と美女はまた逃げ出す。 「あの方は15分だけ戦ってくれます。その間にどこへ向かいますか?」  美女は危機的状況の中で、15分という時間が迫っていることを告げた。  私は瞬時に思考を巡らす。 「そういえば、観音崎京急ホテルに、身長2メートルの大男の警備員の大熊と呼ばれる人がいるのを噂で聞いたんだ! そこへ行こう!」  何キロもあるはずの横浜から観音崎京急ホテルには、何故か数分で辿り着けた。  道路も異様な姿となっていて、ここまで楽に走り通せた。  鉛色の空から黒い雨が降り出した。 「あそこで、休みましょう! 雨に当たると危険です!」  美女が指差す方にはホテルのラウンジがあった。  洒落たドアを押し開けると。  私たちは目立たないように奥のバラが飾られたテーブルに座る。水の入ったコップを一飲みすると、不思議と疲れと息切れがなくなった。 「私の名は白亜 恵(はくあ めぐみ)と申します」 「え?」  白亜 恵とは私と恋仲になって、別れてしまった女性の名だった。  何故別れたのかは、どうしても思い出せない。  何故だろう?  ずっと、思い出を大切にしていた私が思い出せないなんて。 「私は田島 悟(たじま さとる)です」  私はこれまでの不可解な体験をまったく気にしなかった。いつも通りの声色を発していた。 「そうですか。私はずっと誰かを待っていました。貴方かもしれません。ですが、違うかもしれません」  白亜は首に垂れ下がる黒髪をいじる。
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