60年

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私にとって最愛の人。白亜と別れたのは京急線だった。 「500円玉をありったけ下さい。そして、私と60年後に会いましょう」 そう告げる白亜に、夕陽の陽光が一枚の絵をかたどった。 私はボストンバックから、ありったけの500円玉を白亜に渡した。 電車が次の駅で停車し、白亜が降りた。 その駅は、無人のホームがガランとした空洞だった。 自動販売機は照明が消え、電子蛍光板も照明が消えている。 駅の名はわからなかった。 「必ず向かいに行くよ。たとえ60年の歳月が経っても」 私は気の遠くなる歳月を余り気にしなかった。愛しいと思う心には時間はただ過ぎ去るだけなのだから。 「必ず向かいに来てください。私は異界にいます。そこにはほんのささやかな幸運を大切にしていくことが、幸せな場所です。ですが、貴方の為に。そして、きっと素晴らしい老後が、私たちには待っていますから」 白亜は殺風景な駅で私を見つめた。 私たちには時間はやはりナンセンスなのだ。異界と関わることは、私たちにとって必然なのだ。 何故。異界と関わることになったか、今でもわからなかったが、京急線には真実の愛を育む何者かがあった。 「ここには、鬼がいます。それは私たちにとって試練です。きっと鬼は鬼は外福は内のことなのではないでしょうか。どうか、真実の愛の為に試練を乗り越えましょう」 私は頷く。 たかだか60年の歳月。真実の愛を育む為ならとても短い時間だ。 私たちにとって愛は、人生で何よりも大切だった。 ホームの奥から咆哮が響き渡った。 「鬼がいます。どうか私のことを忘れないでください」 私は忘れないと心に誓った。 鬼が白亜に遅い掛かろうとしていた。私は無人のホームに、気がつくとボストンバックを投げ出し駆け出してしまった。 「田島さん!」 私は白亜の叫びを聞いても、異界で鬼と素手で対峙していた。
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