大切な人

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僕は、耳が聞こえない生活に、徐々に慣れていった。 手話で会話ができるようになり、耳が聞こえない別の世界が広がっていく感じがした。 普通なら出会わないであろう、僕と同じ耳が聞こえない友達もできた。 僕は、耳が聞こえなくなったことを、いつまでもくよくよ悲しむのはやめた。 少しずつ明るさを取り戻すことができた僕は、千尋との結婚に向けての準備で、バタバタと慌ただしい日々を送っていた。 会社が休みのある日、結婚式プランの打ち合わせの関係で、僕と千尋はブライダル会社を訪問した。 ブライダル会社の担当者に、僕が耳が聞こえないことを話して、披露宴ではいろいろと配慮してもらうことになった。 僕と千尋は、結婚式が楽しみだった。 ブライダル会社を出た後、お腹がすいた僕と千尋は、一緒に夕食に行くことにした。 夕刻のため、辺りが薄暗くなってきた。 信号待ちをしていた僕は、信号が青になったことを確認して、横断歩道を渡り始めた。 するとふいに、僕は強く突き飛ばされ、横断歩道上で転倒した。 耳が聞こえない僕は、何が起こったのかわからなかったが、起き上がりながら交差点の真ん中を見ると、1台の車が停まっていた。 あわてて突き飛ばされた方向を見ると、千尋が横断歩道に仰向けになって倒れているのが見えた。 僕は、すぐに千尋のそばに駆け寄って千尋の体を抱き上げたが、千尋はぐったりしていて意識がないようだった。 近くにいた見ず知らずの通行人が、119番に通報してくれたことで救急車が到着し、千尋は救急病院に運び込まれた。 病院に搬送されると、千尋は手術室に運ばれ、緊急手術を受けることになった。 僕は手術室の前で、祈るような気持ちで待ち続けた。 間もなく手術室から医師が出てきて、何か話しかけてくれた。 僕が耳が聞こえないことをアピールすると、看護師が紙とペンを医師に渡し、医師は紙に千尋の状況を書き始めた。 「手は尽くしたのですが、残念ながらたった今、息を引き取りました。」 僕は、目の前が真っ暗になり、涙があふれて止まらなかった。 僕は、大切な人を失った。
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