序章(平和な異世界)

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5年間に渡る異世界での生活は過酷なものだった。 ただ平和に、この世界で暮らそうと思えば過酷なものではなかっただろうが、その道は俺自身が拒絶した。 この異界の地は平和だった。このような幸せな世界に俺がいつまでも世話になるわけにはいかなかった。 何よりも、俺の憎しみが風化してしまうことが恐かったのだ。 月野宮孤児院と呼ばれる身寄りの無い子供達の育成をする施設で俺は時空渡りの魔導具にマナが溜まるまでの期間を心身魔導共に鍛えながら過ごした。 孤児院の仕事を手伝うことで衣食住を提供してもらい。朝に仕事をし、仕事が終わると昼からはこの世界に伝わる武術という戦闘技術の鍛練を行う。 施設にはその道の達人が居た。俺にとって幸運なことに子供達の心身を鍛えるための教育者として雇われていたらしい。施設の院長である緑髪の美女やその師範代とは幾度となく手合わせをした。 夜は森に入り可能な限りマナを時空渡りの魔導具に溜める。同時に魔導の修行も我流で行った。この国に伝わるアニメという文化は非常に技の参考になった。 心身を鍛える度に俺の集中力は増して、その副産物なのだろうか魔導のコントロールもみるみるうちに上達した。 俺の居た世界では魔導士は魔導のみを鍛える傾向にあり剣士は肉体のみを鍛えるのが一般的だった。 心身魔導同時に鍛えた方が魔導士としても剣士としても強くなれるのは盲点だった。 この異世界の言語、日本語の基本的な読み書きを1年程で覚えて孤児院内の書庫を漁り、戦闘に役立つ知識も可能な限り身に付けた。異世界の戦闘技術には目を見張るものがあった。 「…ブツブツブツ……拳銃…か…」 「もしかしたらナユタ達は今、後の魔王を育成しているのではないでしょうか? この子の未来がとっても不安です」 英雄になる気はない。 実力が伴うかは俺次第だが確かに比喩するなら俺は魔王にでもなろうとしているのかもしれないな。 だが、現実は残酷なものだ。 俺の期待とは裏腹に魔導士としての才能は5年間の鍛練でこの世界では上級魔導士の上位ほどの力を出すのが限界だった。 不安は残るがこれ以上は引き伸ばせない。 俺は幸せな時間に慣れ過ぎてしまうわけにはいかなかったのだ。
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