第1章

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           振り返れば海                         岩沢 弘秋  横須賀はトンネルの多い街だ。京急電鉄の車両が金沢文庫駅を通過したあたりから、レールはいくつものトンネルを抜けながら、三浦半島沿いに伸びていく。そして最後に、薄暗く湿気った壁面のトンネルを過ぎると、弓なりに湾曲したホームに車両は滑り込んでいった。  浦賀駅に到着した。ここが京急本線の終着駅だ。何年振りだろうか、永瀬はそんな思いに捕われながら、シートを立ち上がり、ホームに降り立った。遠い昔、改札もチャージ式のカードで通過できない時代だった。高校までは、この駅を毎日のように利用していた。そして大学進学と共に、父と離れて、一人暮らしとなったのだから、おそらく二十年振りか。永瀬は駅舎内の売店や、佇まいの様変わりに戸惑いながら、駅の階段を下り始めた。途中、潮風の香りに驚かされた。毎日利用していた頃は、全く感じなかったのに。  長い階段を下りると、バスターミナルだった。ここは同じだなと思った途端、永瀬は眼前に広がる駅前の大きな変化に驚かされた。噂に聞いてはいたのだが、こんなにも景色が変わってしまうなんて……。巨大なクレーンが、造船所もろとも、忽然と消えてしまっていたのだ。当時、朝の通学時に、電車の到着と共に、数千人の労働者が、黙々と一斉にこの階段を下りてきた。そして空を制覇するような数機の巨大なクレーンが佇立する造船所に向かって、濁流のように流れていく。この流れに逆らって、階段を上ることは不可能だったことを、永瀬は思い出した。造船所に建ち並ぶ大きな工場施設、管理棟や資材倉庫などの群れも、駅前まで迫るように林立していたのだが、今はがらんとした空虚な青空に覆われるだけだった。そして、労働者達が利用していた駅前に左右に延びる商店街も、すっかり寂れ果て、少し照れながら疲れた表情で、久しぶりに会った永瀬を見守っているようだった。永瀬も語りかける言葉もなく、ただ困惑しながら、バス停に佇んでいた。  二週間前、叔母から電話があった。 「お父様の遺品なんですからね。必ず取りにいらっしゃいよ」
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