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「やったー。あの時、永瀬先生に似てるなって、思ったものだから」
教員は指を鳴らすしぐさをしながら、当たったことが自慢そうに話していた。
永瀬には全く覚えがなかった。父の葬儀には現職中だったこともあって、多くの会葬者が訪れた。叔母がすべてを仕切ってくれたため、永瀬はたった一人の残された家族として、叔母の横でお辞儀を繰り返していただけだった。
「えーと私、野村文子と言います。五年前に初めてこの小学校に赴任して、永瀬先生には、いろいろ教えていただきました。優しくて、思いやりのある方で、私大好きでした」
永瀬は溢れる若さに戸惑いながら、楽しげに語り続ける、古風な名前の教師を見つめていた。
「そうだ最初の質問に戻りますけど、不審者じゃなくて、お父様を懐かしんで、校庭に入られたんですね。規則で、一応報告書に書かなければならないので」
「放課後でも入ってはいけないんですか。厳しいんだね」
「そうなんですよ。聞いて下さいよ。怪しげな人物を見たら、見つけた教員がちゃんと確認することになっているんですよ。私の部屋から校庭が見渡せるので、いっつも私の仕事みたいで、なんか損だなあって。これ愚痴です」
笑いながら彼女が、指さす方向には、古い二階建ての木造校舎があり、一階の真ん中くらいに外側に扉が開け広げられた部屋があった。確かにあの窓からなら、校庭はすべて見通せそうだった。
「あそこは保健室なのかな。その先生かな、白衣羽織っているし」
「正確には、養護教諭っていうんですよ。まあこのファッションで子どもたちにはモテモテですけどね。そうそう先週だったら、この桜が満開だったんですよ。もう葉桜ですよね」
永瀬は寄りかかっていた大木を、改めて見上げていた。穏やかな木漏れ陽が、すっかり季節が変わったことを告げていた。
「浦賀もずいぶん変わってしまった」
彼女のおしゃべりに釣り込まれたように、永瀬はそんなことを呟いていた。
「いつ頃まで、永瀬先生とご一緒にお住まいだったんですか」
「たぶん二十年くらいかな。もう自宅は売ってしまったしね」
「そうなんですか。じゃあ、今日はお墓参りですか」
永瀬はその問いに応えることなく、叔母から受け取った遺品を二つ折りにして入れている、ジーンズの後ろポケットに手をあてていた。
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