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そう話し出した男は、柔道部の頃とは、似ても似つかないくらい太った結城だった。
「じろじろ見るな。柔道やめればこんなもんだ。市会議員としては安定感、信頼感が増す、職業上の理想的な体型だ。カウンターでいいだろう。この時間帯からは、アルコールの店になる」
そして、結城はカウンターの中で、永瀬は向かい合わせの座り心地の良いスツールに腰を下ろした。
結城の作るハイボールで、久しぶりの再会を、乾杯のまねごとで祝った。
「最初に聞いちまうが、永瀬は今は何やってるんだ」
「横浜の日ノ出町で、しがないバーで、ピアノ弾きやってる。何とか酒代には困らない程度だ」
「ピアノ嫌いで、剣道やってたんだろ。分かんないもんだな」
「結城は神主は継がないのか」
「親父が元気なうちはな。市会議員ってのも、結構忙しいしな。この店は暇だから、たまに混むことがあれば、女房が手伝いに来ることになってる。永瀬、結婚は」
「俺はいい加減だから、嫁さんは無理だろう。浦賀も出ていって以来、戻って来たことがなかった。叔母さんに脅されて、親父の遺品を受け取りに来たところだ。今日は店が休みだったもんだからな」
「じゃ今日は、しこたま飲もう。高校以来じゃないか。永瀬と飲む機会があるなんて、思ったこともなかった。うちに泊まっていけばいい。付き合え、付き合え。そうだ女房も呼ぶ、お前会ってないものな。美人妻とは言わんが、まあ会ってくれ」
それから暫く、この街の変遷のあれこれを聞きながら、グラスを重ねていった。浦賀もずいぶんと変わったのだと、永瀬は心地よい酔いの中で、思いを強めていった。
そして結城の奥さんが、いかにも一家を支える世話女房らしさを発揮して登場し、しばらく後には、教師とは思えない赤系のミニスカート姿で、保健室の先生も現れた。
その先は、四人でテラスに出て、宴会の様相となってしまった。普段から気心がしれた仲間のような三人の会話に、永瀬はすっかり聞き役に回ることになった。テラスの目の前では、浦賀湾が、夕闇から一気に暗幕に包まれ、対岸の居宅の明かりがチラホラ浮かび上がり始めていた。永瀬は、母や父の僅かな思い出をつまみのようにしながら、酔いの中に沈殿していく自分を見ていた。
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