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昨日、食堂で嬉しい出来事があった。波多が自分の好物を覚えていてくれたのだ。
自分に少し興味を持ってくれている。だから好物も覚えていてくれたんだと思っている。
だからお礼に喫茶店で珈琲をおごりたいと、嫌だと断る波多を少し強引に店へ連れて行く。
「いらしゃいませ」
久世達が店に入ると店主が笑顔で迎え入れてくれる。その表情にほわっとつられるように笑顔を浮かべていると、波多が、
「こんにちは。パンはありますか?」
久世が気になっていたパンのことを聞いてくれた。一緒に行くのを嫌がっていたのに、そういう所が優しくて好きだ。
「はい、ありますよ」
「こいつの分だけお願いします。後、珈琲二つ」
「畏まりました」
ここへ来るのは二度目。一度目はゆっくりとできなかったので、店主のことをまじまじと見たのは初めてだ。
店主を見る波多の表情は優しく、そして会えることを喜んでいる。それが久世にとって面白くない。
視線を遮るように顔を近づければ、驚いて顔を遠ざけた。
「おわっ、なんだよ久世!」
「だって波多さんたら、彼の事ばっかり見てるから」
「はん、当たり前だろう。江藤さんは俺の癒しなんだよ」
如何にも当然だとばかりに、そう口にする波多に。久世はショックでしょんぼりとしかけた所に、
「ありがとうございます」
と店主の江藤がくすくすと笑っている。
「おわ、声に出ちゃった」
恥ずかしいと頬を染める波多に、これ以上、このやり取りは見ていたくはなくて。
「波多さんは俺の飼い主なんですから、俺を構って癒されて下さい」
そう、前のめりになり、ぐりぐりと肩の所に頭を押し付ける。これは久世が波多に対して甘えたいときにする行為だ。そして、いつもと同様、後頭部を叩かれた。
「ううぅ」
「鬱陶しいんだよ、お前は。江藤さん、こいつ用の珈琲はキャンセルで、ドックフードと水にしてください」
「えぇぇ、波多さん~」
酷いですと半泣きの久世に、江藤がクスクスと笑いながらパンを差し出す。
「今日は苺の蒸しパンだよ」
ごゆっくりと、江藤はカウンターに戻り久世は頂きますと蒸しパンを手に取る。
それを半分に割ると中にはミルククリームが入っている。
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