第1章

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 詩苑(しおん)主将の蹲踞(そんきょ)は見ていて気持ちがいい。袴のひだが美しく広がる下半身は安定し、微動だにしない。すっと伸びた背筋は端正な横顔につながり、その視線は真っ直ぐ前に向けられている。頭の後ろで束ねた黒髪が艶やかだ。部員たちの行う素振りを泰然と見据えている……。  ぱしっ、いきなり肩口に竹刀を当てられた。びっくりして振り向くと、奈緒美が俺の顔に竹刀を突きつけてきた。 「何よそ見してるの。素振りの時は真っ直ぐ正面を見る!」  さらに、声を落として付け足された。 「主将を盗み見していたって一本は取れないわよ」  主将は強い。男女合わせて五十人以上いる部員の中で最強と言うだけでなく、誰ひとり主将から一本を取れていない。打突の速度、正確さや間合いのうまさ、足捌きが頭抜けているのだが、何と言っても女子だ。鍔迫り合いで押し込んで行って体勢を崩せば優位に立てるはずだが、体捌きでかわされたり、細身の体からは想像できない当たりの強さで逆にこちらが崩されたりしてしまう。面目丸つぶれの男子部員は通常の練習の外に自主朝練をして、打倒部長に取り組んでいるのだが結果につながっていない。かく言う俺も結果を出せていない一人だ。
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