第1章

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 だまし絵を見ていて、隠された図形に気付いたとたんに絵がまったく別のものに変わってしまう感覚。意味がないものとして無視していた情報が、視点を変えると明確な意味を宿し、世界がそれまでとまったく違う様相に変化する。  それは最初、主将の前帯のあたりに漂う陽炎のように見えた。ゆらゆらと揺らめきながら大きさを増し、胴の下部から上部に向かってゆっくりと昇って行く。ゆらめきは喉を通って頭に上がり、一瞬停止した後、主将の口元からゆっくりと外に吐き出された。  直感的に、ゆらめきが主将の言う呼吸の流れだと覚る。人間は目で見るのではなく、脳で見るのだと言われる。目から入った情報を脳で再構築して視覚として認識するのだ。俺が今『見て』いるものは、視覚だけではない何かを感じ取り、無意識のうちに変換しているのだろう。  一呼吸が二十秒ほどだ。俺は間合いを前後しながら主将の呼吸の流れに集中する。奈緒美は息を吐ききった瞬間は力が出せないと言っていた。それなら……、 「メェェェェェン」  息の出きった瞬間をねらって打ち込む。竹刀を上げて受けようとする主将、だが動きが一瞬遅い。
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