第2章 2節 生きた剣士

9/11
前へ
/147ページ
次へ
「現在、剣道を行う者を《剣士》と称するが、古流剣術では、竹刀を上手に使える人を《竹士》と呼び、次いで木刀稽古に秀でた人を《木士》、真剣を自在に使いこなす人を《剣士》と呼んだ。  術技の練達が進めば竹刀や木刀といえども、真剣と何ら変わらない境地に至るそうだが、それぞれ扱う物によって呼び名が違うことは、扱うものがいかに異なるかを隔てたものだったと言えるだろう」 「なるほど。それにしても、武内教授がこんなにも剣についてご存知とは意外でした」 「言っただろ、若い頃は剣道をしていたと。今でも楽しみは、時代劇と時代小説だよ。  だが、最近の時代劇はつまらん。今の若い役者はイケメンだかツケメンだが知らないが、モヤシのようにヒョロヒョロしていてダメだな。配役で達人と称されても、一見して身構えてしまうような気迫を感じん」  恩師の知られざる趣味に、公恵は意外性を感じた。  そこで、公恵は思った。 「では、教授。現代には真剣を扱える人間は居ないのでしょうか」 「いや。現代でも真剣を使える人達は居る。抜刀道だ」 「抜刀道?」  公恵は訊き返す。 「抜刀道とは、昭和五二年に中村泰三郎によって創設された真剣で物を斬る武道だ。真剣で斬ると言う内容に、聞いてみれば単純かも知れないが、聞くほど単純ではない。斬るには斬るだけの心得が必要で、間合い、刃筋、角度、円形線、手の内、刀の止め方・流し方、歩幅、柄握り、心構え等色々だ」 「……では、犯人は抜刀道の経験者でしょうか?」  考えて口にした公恵の質問に、勲は唸った。 「どうだろうな。その可能性は否定できないが、抜刀道は固定された物を斬る武道であって、動いている人間を斬るものではない。  何よりも、物と人間とでは材質そのものが異なる。例を挙げれば叩きつけるような斬り方は、人体の堅い部位や骨を断ち斬ることができるが、人体の全てがその斬り方では通用しない」 「え。どうしてですか? 骨が斬れるなら、その斬り方で人体のあらゆる部位を斬れるのでは」  思ったままの疑問を、公恵は口にした。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加