第1章 1節 鬼魅

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 あつい感触。  女性は、夜の帳の下で、それを手に感じた。  一見して飾り気のない、小柄な女性だ。  指輪もネックレスもしていなければ、何のひねりもないセミロングの髪は染髪の形跡もなかった。爪の手入れはきれいだが、ネイルアートはおろかマニキュアすらしていない。  メイクについても、リップにファンデーションの最低限のメイクのみで済ませてある。  だが、決して魅力が無いわけではない。  バラのように輝く美しさは無いが、野の花のような可憐さがある女性だ。  女性・佐伯公恵(さえききみえ)は、その感触に少し呆けた。  あつく濡れた自分の掌は、赤く染まっていた。その正体が何かは、医師という仕事柄、夜であっても公恵には分かった。  鉄の臭い。  それでいて、生臭いもの。  血  だ。  それが、掌から雫になって地で弾けた。  立ち眩みに似た感覚に公恵は、頭の中が白くなった。人の生死を見続けた歳月により激しい動揺に陥ることは免れたが、状況の判断は遅れた。  視線を落とした先に、若いOLがうつ伏せに倒れていた。年齢にして20代半ば。公恵より幾分若い女性だ。  これは、自分の血ではない。根拠を目にする。  女性の背には、ぱっくりと割れた傷が一つ。右肩から腰の左に向かって定規で線を引いたように存在していた。  傷は……、浅くない。  傷口からあふれ出る血の量によって、傷の正確な深さは判断できないが、骨にまで達するものだろうか。そうでなくても出血は多く、傷の酷さを伺い知ることができる。  公恵は冷静に状況を判断することで、経緯(けいい)を思い出した。  病院での勤務を終え、ファミレスで友人と少し遅い夕食を取った。大学時代の友人に彼氏ができた話しに、観賞に失敗した映画の話題と、他愛のないおしゃべりに何気なくも楽しい時間を過ごした後の帰宅中だった。
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