第2章 2節 生きた剣士

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 死体なのは疑いようもない。見ているだけで血の生臭さに加え、吐き気を催す腐敗臭を自身の中に作り出しそうになる。  公恵は刑事たちが患者の事情聴取に来た後日、母校の医大に足を運ぶと、教えを受けた法医学部を尋ねたのだ。  医学部を卒業するには将来法医学に携わるに関係なく法医学も一通り学ぶことになる。公恵が目指したのは患者と接する臨床医であり、法医学は専門外であったが、思うものがあり久方に母校に行くことにしたのだ。  公恵が神妙な面持ちで、持ち込んだ写真を手に溜息が漏れた。すると白衣を着た初老の男性がドアを開け入って来たところであった。年齢にして60代くらい。白くなった髪と深い皺は正に年老いた証拠であったが、その風貌は若く老いというものを感じさせなかった。 「随分と熱心じゃないか」  年老いた男性は、公恵に声をかけた。 「武内教授。資料の方を使わせて頂いています」  公恵は起立し恩師に礼を行ったが、武内教授は好々爺とした様子で公恵に着席を促し、窓から見える風景に目を細めた。  初老の男性・武内勲(たけうちいさお)は、公恵が見ていた資料に目を配った。勲は、この大学の医学部法医学教室の教授であると同時に監察医を務めている。検死に関する著書をいくつも執筆し、検死は一万五千体を行った経験を持っていた。 「立派になったものだ。君が、ここで勉学に励んでいたことが去年か一昨年のように思えるが。私も歳を取ったものだ」  勲は薄くなった頭を撫でて、年齢を感じた。 「そんな。ようやく医師として歩き始めたと言ったところです」  公恵はへりくだった。  勲は、教え子が広げている写真に目を伏せ、ぽつりと言った。 「写真を眺めて思いにふけるなら、旅行が良いと思うね」  公恵は、表情に陰りを落とした。 「そうだと良いんですけどね。病やケガに苦しむ人を診なければならない日々は大変です。時々、何もかも忘れて、どこか遠い所へ旅してみたいと思ったこともありますが、そうはいきませんよ」  それを聞くと、勲は公恵の気持ちを察したように、表情を緩ませる。 「やはり、大人になったものだ」  勲は言いつつ、公恵が持っていた写真を、よく見た。勲の表情が、秋に日が陰るように落ちる。
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