第2章 2節 生きた剣士

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「そうだな。切れると言っても力任せに振り回した刃によって、金ノコで切ったよう(いびつ)な傷を診たこともある。それに比べれば桁違いに鮮やかな傷口だ」  公恵の否定していきたいものは、確信へと導かれていく。 「では、犯人は剣道の名人でしょうか?」  公恵のその問いに、勲は意外なものでも聞いた顔をした。 「佐伯君。剣道では人は斬れんよ」 「え? でも、剣道とは剣を使うものでは……」  公恵の疑問に、勲は言った。 「これでも若い頃は剣道をしていたんだ。行っていた本人が言うんだから間違いはないよ。  まず、剣道で使う竹刀という物を考えれば真剣とは別物だ。竹刀は軽く丸くて刃が無いのに対し、真剣は重く反りがあり片刃だ。その竹刀で試合を行う訳だが、剣道はフットワークが軽く、腰は伸び、足は浮いていたりする。  だが、古流剣術は違う」  勲は重く言った。 「あの。古流剣術とは何ですか?」  公恵は、知らないことから申し訳なく訊いた。剣道の名前は知っていても、技の一つも知らない身としては、勲の言うものが何か分からなかった。 「古流剣術とは、明治時代以前にあった競技化される前の剣のことだよ。乱世に生き戦国の修羅場を駆け抜けた個々の武人達によって生み出され、発達を遂げた武芸諸般の王座とも言える武術だ。その術技を高度化し理論を伴わせて流派とし、戦国期から江戸初期にかけて完成されていった」 「えっと……。時代劇とかで聞いたことのある、一刀流とか新陰流とかですか?」 「そう。そう言った剣術だ。古流剣術では、足腰を安定させ、腕で斬るのではなく(たい)で斬る。剣道との分かりやすい相違点を挙げればこんなところだろう。刀は鉄の刃だ、そんな重いものを持って軽いフットワークや、浮き足立った足腰では真剣は使えんよ。 分かるかな、真剣を使うには真剣の技術がある。日本刀と聞くと、凄まじい斬れ味を持っていると思うが、それも刃筋が立たなくては意味がないんだ」 「教授。刃筋とは何ですか?」  公恵は訊いた。
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