第2章 2節 生きた剣士

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 また、相澤中佐の使っていた刀は、昭和一三年以降の半太刀造りの軍刀ではなく、騎兵用のサーベル造りの軍刀であったとしても、儀礼用の銅にメッキをしたサーベルではなく、刀身は日本刀を仕込んでいた。従って武器としては最高のものだった。  だが、丸腰で夏服の永田少将に正対するなり右袈裟に斬り付けたが一刀の下に斬殺できなかった。この時与えた傷の深さは1cm。そのため、相澤中佐は左手で軍刀の中央部を握り、銃剣術の構えで少将の胸を刺して絶命させた。  相澤中佐は左指四本に骨まで達する傷を負い、 《剣道には自信があったが、自分自身で手を斬るとは不覚であった》  と後に語っている。  翌年の七月三日に相澤中佐は代々木で処刑されたが、その前に獄中で、 《戸山学校剣術教官として斬り損じたことは恥ずかしい》  と語った。  つまり、どういう意味か分かるかな」  勲に問われ、公恵は答えが分かった。 「それは、つまり……。剣道の達人でも人は斬れなかった。ということですね」  勲は頷いた。  公恵は疲れたように、椅子にもたれた。 「知らなかった。真剣を持てば誰でもと思っていたのに……」 「それはフィクションの世界だ。今話した相澤中佐が良い例だ。刀を手にした達人が操作してそうであったのだから、武術経験のない者が伝説の名剣を手にしたからと言って、一撃の下に斬り据えて相手を即死させるような一刀は、不可能と言わなければならない。  例えばF1だ。レースを制するのは、高速で疾走るマシンの性能がなければトップに立つことはできん。だからと言って、若葉マークの初心者をいきなりF1マシンに乗せても、まったく役に立たないようなものだ。アクセルを踏むだけで優勝出来るなら、誰でもプロになれる」  勲の例えに、公恵は納得した。  刀を、F1マシンに。  使い手を、ドライバーに。  想像しやすいものに置き換えてくれた。どんなに刀の斬れ味が良くても、ただの力自慢では意味がない。扱うには、それ相応の技量が必要なのだ。  勲は続けた。
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