電話

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電話

小さい頃、家の電話というのはとても特別なものに思えた。自分の家のだからという意味ではないのだが、自分が自由に使えるからという意味では、自分の家のものに限って言えることなので、あながち間違ってはいないのかもしれない。 こと学生時代までの私は長電話を好む性質で、それでよく父親に注意されたのを覚えている。 私の家は、私が住んでいた村の中でも比較的ほかの集落とは離れていて、遊びに出かけるにはどうしても、誰かに送迎を頼まなければならなかった。もちろん、小学校などは徒歩で通ったりもするわけで、それだけの労力を使ってまで友達の家に遊びに行く気が自分になかっただけなのだけど。(小学校まで、近道と呼ばれていた山道を使っても徒歩1時間は掛かる場所だったのだ) だからこそ、家に居ながらにして、友達と話すことができる電話が大好きだった。子機というあの妙な手軽さも、私にとっては魅力の一つだった。 そしてもう一つ。 長電話をすればするほど、悪いことをしているような自覚はあったので、そのスリルも電話好きの理由の一つだったと思う。しかも更に利点があって、父親はお酒を飲むと電話をしたがる性質だったため、誰が使ったかをうやむやにできる時があった。携帯電話を持つようになった時は、誰が使ったかが明確に親に分かってしまうために、しばしば不便さを感じていた。 高校を卒業して就職で一人暮らしを始めてからは、誰の目も気にせず使えるというその自由さに、逆に魅力が半減してしまい、電話をすることもあまりなくなってしまった。たまに長電話をする時もあるのだが、子供時代のあの高揚感やドキドキワクワクするスリル感を味わうことはなくなってしまった。 人はやっぱり、変わっていくのだと思う。他愛なく楽しめたものが、いつの間にか日常に溶け込んでしまうような。少し淋しいけれど、懐かしい思い出として、心にしまっておこう。
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