口紅と君と赤い電車

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 また赤い電車に乗ることになるなんて。そう思いながら、渚は深々と溜息をついた。ふんわりした二つの席がずらりと並んでいる電車の中はほとんど人が乗っていない。窓から差す光を独り占めしながら、スマートフォンの画面をのぞき込んだ。五年も音沙汰なかった高校の同級生からの突然の連絡は、生きることに疲れていた渚にとって新鮮でとても甘いものだった。あんなことがなければ拒否していただろう再会の誘いメールを見ながら、紫色の唇に手をあててあくびをした。  上大岡の駅に降りた途端に流れ出したゆずの曲に耳を疑う。昔はただのメロディだったのに。いつのまに夏色なんて元気のある曲になったのかしら。疑問に思いながら辺りを見回す。見た目は変わっていない駅のホームかと思いきや、目の前ではメロンパンが売られていた。どうやら何週間かごとにお店が変わる場所みたい。手土産を忘れていたことに気が付き、とりあえずメロンパンを数個買ってみる。どうせ新しい彼女とでも食べるのだろうと考えると、胸の奥が少しだけ痛んだ。メロンパンを片手にホームから降りると懐かしい騒めきの音がする。改札口を通れば、五年前と同じように柱に寄りかかりながら彼が待っていた。茶色い猫っ毛も、瞳が大きく見える二重も、薄い唇も。変わったのは、制服から紺のポロシャツと薄茶色のズボンになっただけ。それに対して、あまりにも変わりすぎた渚には気づかないと思ったが、近づく前に手を軽く振られたので気づいたようだ。そのことに安心とちょっとした不満な気持ちを持って彼の目の前に立った。 「久しぶり」  心臓まで揺さぶられるような甘くて低い声も変わらない。動揺しそうな心を隠して、強気な笑顔で答える。 「久しぶり、啓太変わんなすぎてびっくりしたわ」 「渚も変わらないね」  その言葉に驚きを隠せないで口を開ける。黒髪で幼い表情をしていた人間が、茶色い髪に濃い化粧をして現われたというのに、彼は変わらないと言ったのだ。驚いて口が開いたままの渚を見て、口角を上げた彼がまた言う。 「渚も変わらない」
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