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西澤香織(にしざわ かおり)。それが彼女の名前だ。以前、私が働いていた職場の先輩にあたる彼女は、つい先日結婚をした。世に言う、できちゃった結婚。お腹も大きくなってきて、社内恋愛の末の結婚で、旦那は高給取り。なんの不安もなく彼女は寿退社をし、今は優雅に専業主婦をしていた。 「最近ね、リラックス効果があるって聞いて、ハーブティーを買ったの。カモミール、紫は苦手かしら?」 言いながら、彼女はティーポットの準備を始めていた。香りの強い飲み物を、彼は好まない。だから、いつしか私が飲まなくなったものだった。以前までは、よく飲んでいた。 「いえ、好きですよ」 私はにっこり笑ってみせる。 このティータイムのあとは、身重の彼女には大変な家の掃除を手伝おうと思っていた。簡単に出来そうなことはいいけれど、腰を曲げたり重いものを運んだりするものくらいはしてあげたいと思う。 ふと横を見ると、旦那のものであろうジッポのコレクションが並んでいた。けれど、この部屋からは煙草の臭いは少しもしなかった。 「あ、それ、夫のものなの。もう禁煙したなんて言ってたけど、隠れて吸ってるの知ってるのよね。それでも、ヘビースモーカーだった彼が、家や私の前では一切吸わないでいてくれてるだけで嬉しくて。気付いていないことにしているの」 幸せそうに彼女は笑っていた。 彼女は昔から、煙草の臭いが嫌いだと話していた。 「常務、香織さんの前では吸わなくなったんですね。すごい。前はいつも吸ってたのに」 私は驚いたように声に抑揚をつける。 「ふふ。紫ももう職場を離れてだいぶ経つのに、未だに常務なのね。ずっとそう呼んでいたからそうよね」 彼女はそう言って、笑っている。この人は、大人だと思う。今まで出会ってきた中で、この人以上にできた人というのを、私は知らない。
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