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「なら、いいんだけど」 私もそれ以上は聞かなかった。彼が望まないことは、私も望まない。彼を取り巻くすべてを、愛すると決めたのだから。 「夕飯、どうする?」 「んー、つまむ程度でいいかな」 そんな答えも分かっていた。だって、今日も彼はとっくに夕飯を終えているはずだから。 「西澤常務」 そう声を掛けてみる。 「え」 少し驚いたように、彼は一瞬目を見開いた。 ちょっとした、いたずら心だった。 「懐かしいでしょ、この呼び方。2年前は当たり前のように呼んでたのに、今は全然しっくりこない」 以前の会社の上司と部下。その関係を抜けて、私は恋人という立場を確立したかった。それがたとえ、ほかの人のものであっても。 「そりゃそうだろ。2年もずっと名前で呼んできたんだから」 動揺は一瞬だった。もう、彼の顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。 不思議だ、と思う。彼の奥さんの元に、昼間私が行っていたなんてことを彼は知らない。元々、職場の人とほとんど関わらないようにしていた私が、彼の結婚を知っているなどということも、彼は気付きもしない。 「淳二も、私のこと永田って呼んでたのにね」 「紫なんて会社で呼べなかったからな」 言って、お互いクスクス笑った。 私たちの関係は元々秘密だった。勿論、彼と香織さんの関係も。社内恋愛は面倒が付きものの上、彼には役職もあった。私たちはきっと、罠にかかったのだろう。最初は、偶然。途中からは、故意に。
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