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いつでも愛されていたい。いつでも彼のすべてを愛していたい。その想いは途切れることなく、源泉のようにどこからか絶えず湧き上がっていた。 少しの肌寒さを残しつつも、春の陽気がそこかしこに広がる季節。黒く、静かな気配がする。 「紫(ゆかり)、今日も深夜になるから、先寝てていいから」 彼はそう言って、吸殻で山盛りになった灰皿へ煙草を押し付けた。 彼の仕事はいつも忙しいらしく、私は今日も待ちぼうけだ。いつでも一緒に居たいなどというのは、無理なことくらい分かっている。だから、今日も私は物分りのいいふりをする。 「仕事大変だね。夕飯、一応温めれば食べられるようにはしとくね」 「いつも悪いな」 そう言って、彼は出掛けていった。 今日は私は休み。こんな日は、いつも出掛ける場所があった。家から車で1時間ほど行った先、青い屋根の家。 ―――― ピンポーン 呼び鈴を鳴らして出てきたのは、身なりを綺麗に整えた女だった。 「あら、今日はいつもより少し早かったわね」 落ち着き払った静かな口調は彼女独特のものだ。微かな色香も漂う。 「香織さん、体調崩してるみたいだったから、何かお手伝いでもしようかと思って」 私は声を明るくして返した。少し大きくなってきたお腹をさする彼女に、目を細めて笑ってみせる。彼女は嬉しそうに、家の中へ通してくれた。
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