27人が本棚に入れています
本棚に追加
ぽつぽつと、発せられる言葉を、アツシは、黙って訊いていた。
そして、不意に伸びてきた手で、頭を撫でられる。
やさしく置かれた手は、やっぱりあったかい。
「それはな・・・・俺の姉貴だ」
「は?」
勢いよく顔を上げると、アツシは白い歯を見せてにかりと笑った。
「旦那が浮気してるだのなんだので、モメてたんだよ。そんなみっともない会話、おまえに訊かれるの嫌でさ。 だからといって、放っとくわけにもいかねえしで・・・・まあ、結局旦那は無実で、もうすぐ子どもも産まれる」
「・・・・」
ぽかんと口を開けたまま固まった自分の顔を見て、アツシは苦笑を洩らして小さく肩を竦めた。
「・・・・不安がらせてたんだな」
ごめん、と、アツシは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
頭の中がごちゃごちゃだ。
結局、なんだったんだろう。
いままでのことは、いったい、なんだったんだろう。
うーん、と、頭を捻りだした自分の眼の前で、小さな笑い声が聞こえる。
いったい誰のせいだ、と、恨めしげな視線を上げるのと同時に、強く手を引かれた。
咄嗟のことで逆らえなかった身体は、そのままアツシの腕の中に倒れこんだ。
宥めるように、背中をぽんぽんと軽く叩かれる。
懐かしいアツシの熱と、アツシの匂い。
眩暈がした。
「俺、おまえのこと、好きだよ。あの頃からずっと・・・・」
背中に回された腕に、力がこもる。
握られたままの手も、熱い。
もう二度と離さない。
そんなふうに、いわれている気がした。
「俺は・・・・」
あのとき、自分たちはこの場所からはじまって。
そして、いまも、この場所にいる。
バカみたいだけど。
だけど・・・・。
胸の奥で膨れ上がっていた感情が、カタチを変えて、溢れてくる。
じんわりと、じんわりと。
染み込んでくる、想い。
あの頃より、大きくて・・・・深い、想い。
いまが冬でも、春でも、どっちでもいい。
どっちでも、自分を包み込む熱は、同じものだから。
自分が、与える熱は、同じものだから。
潤みだした眼を瞑って、アツシの肩口に額を擦りつける。
そして、空いている手で、アツシのシャツを強く握りしめた。
「もっと、おまえに触れたい」
最初のコメントを投稿しよう!