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私を見て。
小さく目を見開いて。
その頬を少し、紅潮させたのだ。
……何だ。
私は小さく焦る。
心配している、というたった一言がそうまで彼女に響くとは。
しかし、続けて少し婀娜っぽくさえ見える笑顔に彼女がなったので、さらに汗ばむような心地になる。
2人きりの生徒指導室に居る事が急に息苦しく思えて来た。
「センセ……いま、ウソついた」
ウットリしたように目を細めた上條の唇の少し濡れているのに目をとめかけ、私は慌てて顔を反らす。
「ついてない。本当に心配してるンだ。このままじゃ夏休みを待たずに、君、確実にクラスの女子から完全に弾かれるぞ」
何をこんなに焦ってと思うのだが。
ゆっくりと私の前で、私を見物するように上條が机に頬杖をつくので、眉を寄せる。
「山崎先生。小学生の頃の私の噂、御存知ですか?」
「知らない。それに今は関係ない話だ」
……イヤ、実は知っている。
入学当時、彼女はこの正直すぎる言動で派手なトラブルを起こし続けた。それで中学から遡り、小学校まで当時の担任と教頭が情報収集に行き、とんでもない話を仕入れてきている。
子どもの頃の上條は、酷い虚言癖の持ち主で。しかし、それがどんなウソだったのかは知らないが、その虚言癖が実際、1人の女生徒を死なせるまでに至っており。
……それが極端に彼女をウソというものから遠ざけるようになったのだと。
実際、その女生徒の死は、上條にとってとんでもない衝撃だったのだろう。心をすっかり入れ替え。……いまや社交の範囲でさえ、ウソは一言もつかなくなった。
おそらくはウソは彼女にとって酷いトラウマになっているのだ。その心の傷は当然の事だと、私も思う。
しかし彼女は生きているのだから。
前に進まなくてはならない。
だが、こちらの思いなど知った事ではないというように、上條は両手の指をゆっくり組み、首を横に軽く傾け目を細めた。
「……今ので、2個め。
先生。私の前で、3個ウソついちゃダメですよ。
『あの子』が許してくれないから」
……あの子?
生徒指導室は西向きの大きな窓がある。
夕日がいっぱいに差し込んでいる部屋の中が。
だが、なぜかやけに暗い。
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