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ネガ写真に綴じこめられたような錯覚が起こる。
喉が喘ぐように鳴りそうになる。
……どこかから生臭い匂いがする。
「ホントしつこいのよね。
佐藤さん」
私は苦い唾を飲んでいた。
背後に視線を感じる。
誰かが私の背をジッと見つめている気がする。
「私が「うそつきさん」の話をしたの。作り話よ。
佐藤さん、なんでも信じるから。オモシロくて。
それが小学1年のとき。
ウソ3つついたら、食べられちゃうんだぞって。この話を誰かにしたら私が食べられちゃうからって言って、誰にも話さないって約束させて。
でも、佐藤さん怖がって、ウソになるかもしれないと思うと、言葉がでなくなっちゃって。
今の私みたいにクラスでつまはじきになって。
それで堪らなくなって、貯水池に飛び込んで」
ばちゃーん、と、どこか明るく言って、上條がニッコリする。
「それで終わればカワイイのに。
……その後、私のところに来たのよね。
自分が、本当の「うそつきさん」になって」
先生、と、どこか甘く目を潤ませて上條が言った。
「だから以来、私、ウソはつけないンです。
もう最初の2回はつかっちゃったから。
……あと1回言ったら、食べられちゃう」
馬鹿なと笑おうとした。
先生をからかって遊ぶんじゃないと。
だが、では誰だというのだろう?
私が次の言葉を言うのを、待ち受けているようなこの気配は。
「食べるときなんかスゴイんですよ。
骨も残らない」
夕日の光を黒く感じる。
背中がびりびりと痛い。
「私にくっついているけれど。
彼女、私にウソをつく人も赦せないらしくて。
……きっと、オバケになっても、オナカは空くのね。
食べられるならもう誰でもいいのよ。多分」
腹の底が冷え、何故か偏頭痛まで覚えて来た。
「ずっと、私がウソつかないままだと、彼女、オナカを空かせてどんどん機嫌が悪くなっちゃうの。
だから、1年に1人くらいは、誰か、彼女に食べられてもらわないと、私も安心できなくって」
先生、と、頬杖とついたまま、甘く甘く、上條が笑った。
「……感じません?
彼女、先生のすぐ後ろに居るんですけど」
何を馬鹿なと私は半狂乱で叫ぼうとした。
教師を馬鹿にするにも程がある。
だが……3つめの私のウソを待てずに。
後ろから、水気を帯びた赤い、小さい手が、私の手をキュッと握った。
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